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三々五々

日常の中で考えたこととか、自分の生活の中で体験して得たこととかを発信していきたいと思います。

手帳・ブログ・日記

考えたこと

私はふだん自分のことをおもに3つの媒体に記録しています。
一つが手帳、一つがこのブログ、もう一つが日記です。

少し前までは思いついた時にだけ書く日記しか使っていませんでしたが、最近になって手帳を使い始め、更に最近になりこのブログを始めました。

今日はこの3つをどう使い分けているかを書いてみようと思います。

 

まず一つ目の手帳について。

これは、少し前にも「ほぼ日手帳を買った」という記事を書きましたが、いわゆる市販の手帳を買って、スケジュール帳として使っています。

ここに記録しているのは自分のスケジュール(仕事やプライベートの予定)と、自分の体調。スケジュールは大抵前もって記入しておきますが、体調はその日の終わりにその日の体調がどうだったかを、できるだけ毎日、でも大抵はなにか調子が悪かった日にだけ、記入しています。もし余裕があれば食べた物や行った場所なども。

体調を記録するのは今回手帳を買ってみて初めての試みだったのですが、思ったよりも役に立ちました。自分の身体について意外と色んなことがわかります。

私の場合、体調の変化が大体毎月同じサイクルでやってきていることがわかりました。「げっ、めっちゃ肌荒れしてる!」って思ったときに先月のページをめくってみると、先月も同じ時期に肌荒れしてたりとか。面白いです。最近胃がもたれるな~と思って記録を見ると、今週は肉と揚げ物ばっかり食べてた、なんてことも。

また、体調を崩したときは症状と体温も記録するので、お医者さんにかかったときの「いつからどんな調子ですか」という質問にスグに・具体的に答えることができて便利です。フラフラしているときに色々考えたり思い出そうとしたりしなくていいの、めっちゃラク。お腹を壊したときなんかに、前日に食べたものなんかをすぐ思い出せるのもイイです。

体調を記録するの、役に立つし単純に面白いので、けっこうおすすめです。

 

次にこのブログ。

読んでいただければわかりますが、このブログは私の思考の記録です。

私は考えることが好きなので、通勤途中や頭を使わない作業中なんかに、真剣なこともあほなことも答えの無いことも含めて色んなことをひたすら考えます。考えること自体は今までもさんざんしていましたが、今までそれらは一切記録していませんでした。

そのうちに「アレ?これ、前も同じことを考えたな」みたいな瞬間がよくあることに気付いて、1度考えたことは記録しておこう、と思い至りました。記録するならメモ帳でもチラシの裏でもよかったんですが、自分だけが見れるようにしておくとあまり見直さないし、どうせなら誰かに聞いてほしかったので、思い切ってブログにしました。

ブログにしてみてよかったことが3つくらいあります。

ひとつめは、一人で悶々と考えていたときよりも思考の質が上がったこと。

ただ考えているだけだったときは、色々考えてはいるものの思考の整理がつかなくて、別々の話が混ざってわけがわからなくなったりすることがよくあったし、わからなくなったらそこで尻切れトンボでした。でもブログを作ってからは、考えていることに対して「これは公開する文章だ」という意識が働いて、あやふやに考えていても最終的には(一応)筋を通そうとする習慣がつきました。無意識に「最後まで考える」「落としどころをつける」習慣がついたことは、仕事や日常の会話の面でも役に立っています。

ふたつめは、アンテナを立てられるようになったこと。

ブログを始める以前は「偶然の思い付き」がすべてだったので、考えるネタ集めも安定しなかったのですが、ブログを書くようになってからは、考えるネタになりそうなことを意識しなくても生活の中であちこちから得ることができるようになりました。結果的に引き出しの中身が増えて、ものごとに対する感受性も上がったと感じます。

みっつめは、考えていることを文章にまとめるという作業に慣れたこと。

私は一度ほぼひきこもり生活中に英語ばかり使っていたら日本語がめっちゃ下手になったという経緯があり、そこからは文章を書くことにすっかり自信がなくなっていました。なんというか、日本語が母語じゃない人が書いたみたいな文章になってたのです。でもブログを始めてからは、ブログを始める以前と比べて文章を書くスピードが格段に上がったし、段々日本語らしい日本語を書けるようになったと思います。そのかわり、英語忘れには歯止めがかかりませんが。


最後に日記。

これはどこにも公開していない自分だけが見れる日記です。内容はブログとは違い、私の行動・私のまわりに起きた事実の記録と、私自身のことのみについての思考の記録です。毎日は書かずに、書きたいときだけ・何か大きな出来事があったときにだけ書きます。主に自分や自分の周りに起きたことをふり返るために書いています。

日記を書くときに、特に気を付けていることがあります。
それは「事実」と「思考(主観)」を極力混ぜないこと。
「事実」の日記と「思考」の日記は、同じ日に書いていてもわざわざ記事を分けるくらい、徹底しています。

なぜそんなことをするのかというと。

例えば……ちょっと良い例えが思いつきませんが、ある日誰かに「貴方ってクールだよね」と言われたとします。

その言葉は、状況によって「貴方はカッコイイよね」とも、「貴方は冷静だよね」とも、「貴方は薄情だよね」とも取ることができますが、その日はたまたまそれを「薄情」と言われたように感じ、ショックを受けたとします。

その時日記を書くときに気を付けることは、決して「薄情と言われた」と書かないこと。事実の記録として前後の状況を記述した上で「クールと言われた」、と書いて、おわりにします。もしどうしてもショックな気持ちを吐き出したければ、更に思考の記録として「クールと言われたが、それは薄情と言われたように感じた」と、事実なのか、感じたことなのかを明確に書きます。

なぜそうするのかというと、もしも「薄情と言われた」と書いてしまうと、本当はそれは事実ではないのにもかかわらず、何日か経って読み返したときに、それが「事実」としてまた自分にショックを与えてしまうからです。書いたその瞬間はそれが単なる主観であることを覚えていても、何日か経つとそれが事実ではないことを忘れてしまうんです。この場合は結果的に、ショックな気持ちを反芻することになってしまう。

「クールと言われた」とだけ書いておけば、後日読み返したときにはそれを「薄情と言われた」と感じずに、「なんだ、なんかあの時はやたらとショック受けたけど、別に薄情って意味で言われたわけでもなさそう」と立ち直れることもあります。他人の言葉から受ける印象って、それくらいその日の感情に左右されるものなんです。

 

 

こんな感じで、私は

手帳……自分のスケジュールと体調

ブログ…考えたこと

日記 ……自分の周りに起こったこと、自分自身のことについて考えたこと

という感じで使い分けています。

 

基本的にどれも「あとで振り返りたくて」記録しています。

経験上、「私は何をしてきたんだろうか」とふと考えて呆然としてしまうことがこれまでによくあったので、そこから少しずつ、自分のことを記録するようになりました。

日々の生活を送ることに精一杯だと、自分のしてきたことを見失いがちになります。「こういうふうに過ごしてきた」「こんなことを考えた」という目に見える痕跡は、自分がどこからどれくらい進んできて、どこへ還っていけばいいのかがわかって安心できる、パンくずのようなものだと思っています。

今後パンくずがどんどん伸びていって、私の落としたパンくずを見つけてくれる人が増えていったら、嬉しいかもしれない。

 

 

それでは